【日本移住 難しい就職】オーストラリアから持ち帰りたい働き方 第4弾 謝らない文化

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日本で働く事が少しでも快適になることを願って、オーストラリアでの就業経験をもとに日本の働き方と海外のそれとの違いの気付きをお伝えしているシリーズ第4段です。

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日本のおもてなし 謝る日本文化って素晴らしい?

海外で受けるサービスは日本のおもてなしとは雲泥の差。決して、気持ちの良いものとは言ない時もしばしば。同じサービスを受けるなら日本流のサービスが良いですよね?

(1)日本式サービスの受ける側と提供する側 

でも、待ってください。その気分の良さのために、そこで働いている人たちはストレスを抱えながらサービス業に従事しているのではないでしょうか?サービスを提供される側だけの一方を見るのだけでなく、その鏡に映ったサービスを提供する側の顔が疲弊してストレスいっぱいの世の中って暮らしやすい社会と言えるでしょうか?

お客様は神様だと崇められた時代の責任は、確実に大きいもので、負の遺産とすら言えかねないほどこの精神によってサービスを受ける側と提供する側の立ち位置が歪んだ形で決定しました。お客様だから何でも勝手を言えると言う寛容さのないモンスターを生み出してしまったのです。

もちろん、お金を支払ってそれ相当のサービスを受け取れなかった場合は、そのサービスと価値との差の部分を提供する側に求める事はできるでしょう。一番大切なのは、サービスの価値を提供する側が確定し、そして受け手もそれに対して受け取るべきサービス以上のものを望まない立場が必要なのです。

日本は、そのバランスが崩れています。

(2)オーストラリア式サービスの受ける側と提供する側

他の世界を見てみましょう。

オーストラリアに長年暮らした我々Getbusylivinworldはオーストラリアの一般的なサービスのレベルを嫌と言うほど理解しています。

例えば、スーパーマーケットでレジに並んでいます。5回に1回ぐらいは、カゴに入っている商品、特にバーコードのない野菜や果物類の名前をキャッシャーが客に聞いてきます。客は、自分が購入したい商品名を確実に知っておく必要があるのです。いつも、カゴにあまり見たことのない野菜などを入れる時は、自分でその野菜名を頭にメモするのです。あまり見たことのない野菜ならまだしも、過去に、玉ねぎやピーマンの名前も聞かれました。

英語力のない外国人もキャッシャーの職についていると言う事実に加え、やはり店側が店員の教育を怠っていると日本人には映るでしょう。

また、同じレジでは、平気で数セントや数ドル間違えます。会計後それが発覚して、指摘すると「もういいだろ?」的なことを客に言ってくるのです。よくないですよね。。。

しかしながら、同時に、客がお得になる様な間違いも平気でします。購入したはずなのに支払いをしていない商品が買い物袋に入っていたりお釣りを多めに受け取ったり。

よくオーストラリア人はその様なレベルの対応に対して、「一生かけてみたらトントンだろう」と考えてるのです。

(3)サービスレベルと寛容性

2つの対象的な国、日本とオーストラリアのサービスのレベルですが、皆さんはどちらの国でサービスを受けたいですか?もちろん、それは受け手としてなら日本ですね。

では、サービスを提供する側として働きたい国はどちらですか?

もし、この質問に日本と100%答える事ができる方は、今後も移住などで海外に出ることを考えなくてもいいですね。自分はプロとしてお客様へご迷惑をおかけしない完璧な仕事を提供することにストレスを感じない場合は日本がぴったりです。

少しでも、オーストラリアの方が楽だよね、って感じた方はまずは日本にいながら客としての自分が他者への寛容性を持つ努力をしてみてはいかがでしょうか。よく、オーストラリアで日本人のお客様の対応をした時に不平を言うお客様のおっしゃる事が「日本で私もサービス業に従事しているが、こんな対応はない」と、日本のレベルのサービスと比べます。

まず、日本のサービスがそのまま海外に当てはまるかと言うとこれは答えはNoです。そして、それを正当なクレームだと言うのなら、これまたNoです。オーストラリアでは、例えば、そこまでの完璧レベルを求めた社会ではないからです。それは、受け手だけでなく、提供側の論理も尊重されているからだと言えます。

日本ではディズニーやリッツ・カールトンなど海外企業のサービスについて語られる事が好きです。カスタマーファーストに特化した企業が人気です。もちろん、オーストラリア人は日本旅行が大好きです。なぜなら、自国では受けられないサービスを受ける事ができるからです。全くもって勝手です。でも、決して、自分の身を削ってでも同じサービスを提供したいかというとオーストラリア人もNoと答えるでしょう。それなら、オージー式のサービスでも構わないと。

(4)無意味な謝りはやめましょう

もし、お客様と言っても、人として対等な立場の人間としてサービス提供ができるとしたら、意味のない、真意のない謝罪は今日から止めにしましょう。

3秒お待たせしただけでも、平謝り。何か質問に即答できなくても、勉強不足を謝る。

お待たせしたとしても、答えを知らなくても良いのです。サービスの根底にあるべき概念は、相手への思いやり、それがおもてなしではないでしょうか。

一生懸命何かをした結果、お待たせしたとしても、仕方ありません。知らない事は仕方ないので、相手の要望になるべくお答えできる努力をする姿勢、それを見てとったとしても理不尽なことを言う客がいたとしたら、そう言った人間は本当は社会的に受け入れられるべきではないはずです。

例えば、コロナの時に航空会社が乗客搭乗拒否をしたニュースがありましたね。オーストラリアでは日常茶飯事です。航空会社は乗客の命を預かって航空機を運行していますので、スタッフは個人または上長判断で搭乗拒否をする権利があります。これは、一般的な通常の接客業であっても、同じ様なルールで社会がまわっています。

Getbusylivingworldがオーストラリアで働いている間でも、日本人のお客様で大変横柄で感情的に怒りを露わにするお客様が残念ながら数人いました。その場合、どうなったと思いますか?ホテルや航空会社カウンターでの出来事でしたが、セキュリティーを呼ばれることになります。少しでもスタッフ側が危険を感じる事態になったとしたら、簡単にセキュリティーがやってきて、その敷地から追い出されることになるのです。

高圧的な態度で日本では通用したとしても、相手は謝る所か、結局、自分が痛い目にあいかねません。本当に悪いことをした時には謝るべきですし、謝罪された側も基本的にはそれを受け入れて初めて成熟した社会生活が送れるのではないでしょうか。悪いことに対するハードルがあまりに低すぎる日本は、非常に生きづらい息苦しい社会であることを薄々多くの人が気づいてはいます。それを認めて、無闇に謝り続けるサービスメソッドから脱却していきたいものです。サービスが下がっても構いません。少なくとも、少しづつ大多数の日本人の意識改革が生きやすい世の中を形成していく第一歩になるでしょう。

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